由良藩倉跡 -ゆらはんそうあと-の画像


所在地:
 北栄町由良宿


(JR山陰本線
 「ゆら」駅から
 北へ徒歩15分) 


由良に誕生

 江戸時代中頃まで、この地方の年貢米は逢束(琴浦町)の藩倉に納められていました。しかし農民にとっては交通の便が悪く大きな負担となっていたため、享保4年(1719年)に建てられたのがこの由良藩倉です。当時、因幡・伯耆両国の中では、鳥取、米子、橋津(湯梨浜町)に次いで4番目に大きな規模の藩倉でした。
 地の利と水の利を考慮してこの地域に建てられましたが、藩倉が置かれたことで、小さな集落だった由良は人々の往来が盛んになり、宿場町として栄えていくこととなったのです。

だんじり

 藩倉から年貢米を積み出す際には、千石船の航海無事を祈願して『だんじり』が執り行われました。
 子どもと太鼓を乗せた山車が練り歩くこの神事は、高江神社の秋祭として継承され、毎年10月24日直前の日曜日に開催されています。

まぼろしの藩倉

 明治の廃藩置県でその役割を終えた藩倉は、由良村小学校、育英中学校寄宿舎へと姿を変えた後、取り壊されました。現在は稲荷神社が静かにたたずんでいます。