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六尾反射炉跡

ページID:0001976 更新日:2026年1月6日更新 印刷ページ表示

六尾反射炉跡の画像
六尾反射炉跡
-むつおはんしゃろあと-

所在地 : 北栄町六尾
(JR山陰本線「ゆら」駅から南東へ徒歩15分)

 六尾反射炉は安政4年(1857年)に建設されました。当時、鳥取藩は財政に窮乏していたため、資金面は武信佐五右衛門が、技術面は武信潤太郎が支えるという形で築造されました。
 50門以上製造された大砲のうち、由良台場には4門が配備されましたが実戦に使われることなく、明治3年(1870年)以降に取り壊されました。その際、反射炉作業場用材の一部が移築され『浜本家住宅(北栄町弓原)』の柱、梁などに姿を変えて現在も生き続けています。
 また『青山剛昌ふるさと館(旧:大栄歴史文化学習館)』外観のモチーフに、その面影も偲ぶこともできます。

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